
高級時計というと、資産価値やブランド力に注目が集まりがちだ。しかし実際に長く愛用されている一本には、価格だけでは語れない“個人の物語”が宿っている。今回取り上げるのは、ファッション誌『ELLE』編集部のエディターたちが日常的に身につけている腕時計たち。そこには、家族から受け継いだ時計、自分への節目として購入した時計、人生観を変えた一本など、それぞれ異なる背景が存在していた。
近年はヴィンテージウォッチ市場の拡大により、単なるラグジュアリー消費ではなく、「長く使い続ける前提」で時計を選ぶ人が増えている。特にカルティエ、ロレックス、エルメス、ジャガー・ルクルトといった定番ブランドは、世代を超えて愛用できるデザイン性とメンテナンス性を兼ね備えており、“一生もの”として再評価されている。
母から娘へ──記憶を受け継ぐエルメスとカルティエの時計
ファッションエディター阿部氏が長年愛用しているのは、エルメスのヴィンテージウォッチ「セリエ クォーツ」。もともとは叔母が1997年に香港で購入し、その後母へ、さらに本人へと受け継がれた一本だ。

小ぶりで薄型のケースに、ステンレスとゴールドを組み合わせたデザイン。当時まだ若かった彼女にとって、その華奢なフェイスは“大人の女性らしさ”の象徴に映ったという。単にファッションとしてではなく、人生の節目を象徴する存在として身につけ続けている点が印象的だ。
特に興味深いのは、購入時の背景にあるストーリーである。叔母はアナウンサーとして香港取材を訪れていた際、「これからの人生をこの街のようにエネルギッシュに生きたい」という思いから、自分へのエールとして購入したという。1997年という時代背景も重なり、時計自体が一種のタイムカプセルのような役割を果たしている。
ヴィンテージウォッチ市場では、こうした「個人史」を伴う時計ほど手放されにくい。特にエルメスの90年代モデルは近年再評価が進んでおり、セリエやアルソーなど小径ケース系統の人気が上昇している。
| モデル | 特徴 | 現在の人気傾向 |
|---|---|---|
| エルメス セリエ | 小型ケース・ジュエリー感覚 | 女性ヴィンテージ市場で再評価 |
| カルティエ パシャC | スポーティー×エレガンス | 90〜2000年代モデルが人気 |
| ロレックス デイトジャスト | 世代継承しやすい定番機 | 男女問わず安定需要 |
もう一本、彼女が大切にしているのがカルティエの「パシャC」だ。こちらは母親から譲り受けた時計であり、母が30歳の記念に購入したモデルだった。

カルティエの中では比較的スポーティーな位置付けにあるパシャCだが、丸みを帯びたケースデザインやリューズプロテクターには独特の色気があり、カジュアルな服装にも馴染みやすい。現在では生産終了モデルとなっているが、2000年代カルティエを象徴する存在として再注目されている。
興味深いのは、譲り受けた瞬間に幼少期の記憶が一気によみがえったというエピソードだ。家のワインディングマシーンで回っていた風景、遠征先ホテルのテーブルに置かれていた姿──時計は単なる物質ではなく、“時間そのものを保存する装置”であることを感じさせる。
ロレックス デイトジャストが“定番”であり続ける理由
ELLEファッションエディター山田千里氏が最初に受け継いだ高級時計は、ロレックスの「デイトジャスト」だった。両親が結婚記念として購入したペアウォッチのうち、小ぶりな一本を20歳の記念に譲り受けたという。
ロレックスの中でもデイトジャストは、“高級時計の完成形”と評されることが多い。1945年に誕生して以来、基本デザインを大きく変えずに現代まで続いているモデルであり、オイスターケース、防水性能、自動巻きパーペチュアル機構、瞬時日付変更機能など、現在の腕時計の基礎仕様を確立した存在でもある。
特に興味深いのは、「親世代が買った時計を子世代が違和感なく使える」という点だ。これは流行依存の強いファッションアイテムでは非常に珍しい。
| ロレックス デイトジャストの普遍性 | 内容 |
|---|---|
| サイズバランス | 男女問わず着用しやすい |
| デザイン | 数十年経っても古く見えにくい |
| メンテナンス性 | 長期修理対応が可能 |
| 資産性 | 中古市場でも安定需要 |
彼女の家系には時計技師がいるという背景もあり、オーバーホールを家族で行いながら使い続けているという。「家族の時計を、家族が直し、また家族が受け継ぐ」という循環は、機械式時計本来の魅力を象徴している。

また、彼女が後年購入したエルメス「ナンタケット」にも共通点がある。シェーヌダンクル由来のデザインを腕時計に落とし込んだこのモデルは、ミニマルでありながら強い個性を持つ。単なる“ブランド物”ではなく、デザインそのものに惹かれて選ばれている点が特徴的だ。
さらに、ジャガー・ルクルト「レベルソ」についても、“昼と夜で表情を変える時計”として愛用しているという。アールデコ様式を色濃く残したレベルソは、近年女性ユーザーからの支持も高まっており、クラシック回帰の流れを象徴する存在となっている。
時計選びにおいて重要なのは、単純な価格や知名度ではなく、「10年後、20年後も違和感なく使えるか」という視点なのかもしれない。
30歳、40歳の節目に選ばれた時計たち──“自分への投資”としての一本
副編集長・荒木隆子氏が30歳の節目に手に入れたのは、フランク ミュラーの「トノウ カーベックス レリーフ」だった。

1990年代後半から2000年代初頭にかけて、フランク ミュラーは“成功者の時計”として圧倒的な存在感を放っていた。クラシックなスイス時計とは異なる、流線型ケースと大胆なビザン数字。特に「トノウ カーベックス」は、ブランドを象徴する代表作として今なお根強い人気を誇る。
彼女にとっても、新入社員時代から憧れ続けた存在だったという。時計というより、“仕事を続けてきた自分への証明”に近い感覚だったのかもしれない。
興味深いのは、その後父親から譲り受けたというエピソードだ。欲しいと話していたことを覚えていた父が、海外で購入し、数年間自身で使った後に娘へ託したという流れには、単なるプレゼント以上の意味が感じられる。

また、彼女が愛用する時計には共通して“身体との相性”が重視されている。トノウケース特有の曲線は手首に沿うよう設計されており、装着感の良さから「これを付けていないと落ち着かない」と語る愛用者も多い。
実際、時計好きの間では「スペックより装着感」という価値観が一定数存在する。特にフランク ミュラーやカルティエのようなドレス系ブランドは、数値以上に“着けた時の空気感”が重要視される。
| ブランド | 特徴 | 支持される理由 |
|---|---|---|
| フランク ミュラー | 曲線ケース・独創デザイン | 唯一無二の存在感 |
| カルティエ | ジュエリー的美しさ | 服装との親和性 |
| ジャガー・ルクルト | 伝統機構と薄型設計 | 知的でクラシック |
| ロレックス | 耐久性と普遍性 | 一生使える安心感 |
“市場価値”ではなく、自分の感性で選ぶヴィンテージウォッチ
近年のヴィンテージウォッチ市場では、資産価値だけで時計を選ぶ風潮に違和感を抱く人も増えている。荒木氏が5〜6年前に購入したセイコー「エクセリーヌ」は、その象徴的な一本と言える。

1990年代の国産ドレスウォッチらしい繊細なケースデザインと、14金を使用した上品な佇まい。現在の中古市場では極端なプレミア価格が付いているわけではないが、クラシックな美しさに惹かれて購入したという。
これは近年の時計トレンドとも一致している。以前は「ロレックス一強」とも言える状況だったが、最近ではカルティエ、オメガ、セイコー、エルメスなど、実用性やデザイン性を重視したヴィンテージモデルへ関心が広がっている。
特に女性ユーザーの間では、
- サイズが小さい
- ジュエリー感覚で使える
- 服装に馴染みやすい
- 他人と被りにくい
といった理由から、90年代以前の小径ウォッチ人気が高まっている。

また、就職時に母親から贈られたというエルメス「アルソー」にも、現代的な再評価の流れがある。馬具の鐙(あぶみ)をモチーフにした非対称ラグ、疾走感のあるインデックスなど、エルメス特有の“ファッションメゾンらしい自由さ”が感じられる一本だ。
ロレックスのような工業的完成度とは異なり、エルメスやカルティエには“感性で選ばれる時計”としての強さがある。
オーバーホールを前提に持つ──高級時計との現実的な付き合い方
高級時計は購入して終わりではない。むしろ、購入後のメンテナンスこそが長期所有の本質と言われる。
荒木氏も、愛用時計を5〜6年ごとに順番でオーバーホールへ出しているという。複数本を同時にメンテナンスすると費用負担が大きくなるため、「今年はこの一本、次は別の一本」という形で循環させているそうだ。

これは非常に現実的な感覚である。機械式時計は精密機械であり、定期的な分解清掃を怠ると内部摩耗が進行する。
一般的なオーバーホール目安は以下の通り。
| 時計タイプ | 推奨メンテナンス周期 | 特徴 |
|---|---|---|
| 機械式時計 | 4〜6年 | 分解清掃が必要 |
| クォーツ時計 | 電池交換2〜3年 | 内部劣化確認も重要 |
| ヴィンテージ時計 | 状態次第 | 部品確保が課題 |
近年はヴィンテージ人気によって、部品供給終了問題も深刻化している。特に古いカルティエやエルメスは、純正部品の確保が難しくなるケースもあるため、“購入前に修理体制を確認する”ことが重要視されるようになっている。
それでも人々が古い時計に惹かれるのは、「修理しながら使い続ける」という体験そのものに価値があるからだろう。新品を消費して終わるのではなく、自分と共に時間を重ねていく感覚は、スマートウォッチにはない魅力でもある。
“一生付き合える時計”は、スペックより「記憶」で選ばれている
高級時計というと、一般的には価格や資産価値、ムーブメント性能に注目が集まりやすい。しかし実際に長年愛用されている時計を見ていくと、多くの人が最終的に惹かれているのは“性能”だけではない。誰から受け継いだのか、どんな年代に買ったのか、その当時どんな人生を歩いていたのか──そうした背景が時計に強い意味を与えている。
特に女性のヴィンテージウォッチ選びでは、「投資対象」よりも「人生の節目を刻む道具」として時計を選ぶ傾向が強い。今回紹介されている愛用品にも、母から譲られたロレックス、節目の年に購入したカルティエ、自分へのご褒美として選んだエルメスなど、“人生の記録”として存在している時計が数多く登場していた。
| ブランド | 代表モデル | 支持される理由 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| カルティエ | パシャ / マストタンク | ジュエリー感覚で使える | エレガントと実用性の両立 |
| ロレックス | デイトジャスト | 世代継承しやすい耐久性 | 資産価値・メンテ性も高い |
| エルメス | ナンタケット / アルソー | ファッション性が高い | デザイン重視派から人気 |
| ジャガー・ルクルト | レベルソ | 知的でクラシック | アールデコ様式が象徴的 |
ヴィンテージウォッチ人気が再燃している理由
ここ数年、女性向けファッション誌やセレクトショップで“ヴィンテージウォッチ”の露出が急増している。背景には、ラグジュアリーブランドの価格高騰だけでなく、「現行モデルにはないサイズ感」や「過去の時代特有のデザイン」に魅力を感じる人が増えていることがある。
例えば1990年代以前のレディースウォッチは、現在よりフェイスサイズが小さいものが多い。最近では大型ケースが主流になっていたが、再び華奢なドレスウォッチに注目が集まり始めている。特にカルティエ、エルメス、セイコーのヴィンテージモデルは、ジュエリー感覚で使えることから支持が強い。
ヴィンテージ時計が支持される主な理由
- 現行モデルには少ない小ぶりサイズ
- 経年変化による独特の風合い
- 一点物に近い希少性
- 親世代から受け継ぎやすい
- 服装との馴染みが良い
- 新品にはない時代背景を感じられる
また、ヴィンテージウォッチの魅力は“古いこと”そのものではない。重要なのは、その時計がどの時代の価値観を反映しているかという点にある。1970〜90年代の時計には、その時代ならではの女性像や美意識が強く表れている。
たとえばカルティエの「マスト」シリーズは、高級ジュエラーの世界観をより多くの人に届けるために生まれたコレクションだった。ロレックスの小型ドレスウォッチには、現在のスポーツロレックスにはない繊細さがある。エルメスのアルソーやナンタケットには、バッグブランドならではのデザイン感覚が色濃く反映されている。
つまりヴィンテージウォッチとは、“昔の時計”ではなく、その時代の空気を今に持ち歩くアイテムでもある。
ロレックス「デイトジャスト」が女性にも長年支持される理由
数ある高級時計の中でも、世代を超えて受け継がれているモデルとして圧倒的に名前が挙がるのがロレックスの「デイトジャスト」だ。実際、親世代から譲り受けたというエピソードも非常に多く、特に1980〜2000年代のレディースモデルは現在でも中古市場で安定した人気を維持している。
その理由の一つが、デザインの普遍性にある。フルーテッドベゼル、オイスターケース、ジュビリーブレスなど、ロレックスを象徴する要素を持ちながら、過度に主張しすぎない。スーツにもカジュアルにも合わせやすく、「年齢を重ねても違和感がない」という点が非常に強い。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 耐久性 | 数十年単位で使用可能な堅牢設計 |
| 資産性 | 中古市場でも価格が安定しやすい |
| 継承性 | 親子・兄弟間で受け継がれるケースが多い |
| 汎用性 | フォーマルから日常まで対応 |
さらにロレックスは、定期的なオーバーホールを行えば何十年も使用できる点も大きい。時計技師や修理ネットワークが世界中に存在しているため、ヴィンテージ個体でも維持しやすい。
最近では、2000年前後の「オイスターパーペチュアル」やピンクダイヤルのデイトジャストなど、少し個性的なカラーリングにも人気が集まっている。特に女性ユーザーの間では、“資産価値”よりも「自分らしさがあるか」で選ぶ流れが強くなっているのも印象的だ。